みなさん、お口の中がネバネバする感覚を経験したことはありませんか?
何かの理由でしばらく歯磨きができないとき、お口の中がネバネバしてきますよね。それをそのまま放置しておくと、うがいをしても取れなくなり、簡単な歯磨きでも落とせない汚れになってしまいます。
実はこれ、「バイオフィルム」の始まりなんです。
バイオフィルムって何?
バイオフィルムとは、細菌が集まって作る膜のようなものです。わかりやすく説明すると、台所の流しにできるネバネバした汚れのようなものです。
これがバイオフィルムの正体です。細菌が増殖して、いろいろな種類の菌がお互いに協力しながら、外からの刺激から身を守るように、何層にも重なって強固になった状態を言います。このバイオフィルムは、一度できてしまうと、ご自身では除去することができません。
私の講演会では、いつもこのように説明しています。台所の流しを掃除すると、ネバネバした汚れが付き、とれなくなってしまいます。カビ除去スプレーをかけても、もはや溶かすこともできないほど強固になっています。これこそがバイオフィルムなのです。

バイオフィルムの特徴
バイオフィルム(Biofilm)は、微生物が集合して形成する構造体の総称です。これには微生物自身が産生する物質(主に粘着性の糖類など)が含まれ、固体や液体の表面に付着して膜状の形態を作ります。
バイオフィルムには次のような特徴があります:
- 構造:
バイオフィルムは、細菌が自ら作り出す粘着性の物質(糖類やタンパク質など)によって形成されます。この物質は細菌を保護し、外部からの攻撃(薬剤や体の防御反応など)を防ぐ役割をしています。 - 多様性:
バイオフィルムの中には、いろいろな種類の細菌が共存し、お互いに情報をやり取りしながら小さな社会を形成しています。嫌気性菌(酸素を必要としない菌)や好気性菌(酸素を必要とする菌)、さまざまな種類の微生物が一緒に暮らしているのです。 - 形成場所:
自然界では川底の石や台所の排水溝など、湿った環境でよく見られます。また、人の体の中では歯の表面の汚れ(プラーク)や医療機器の表面にも形成されます。
バイオフィルムはどのように作られるの?
バイオフィルムは次のような段階を経て作られます:
まず最初に、細菌が表面に付着します。これは非常に早く始まります。表面が少しでも湿っていれば、細菌はすぐに付着し始めるのです。
付着した細菌は、どんどん増えていきます。そして小さな集まり(コロニー)を形成します。この段階では、まだ簡単に取り除くことができます。
次に、細菌はネバネバした物質を出し始めます。この粘着性の物質が、細菌同士をくっつけて守る役割をします。さらに、他の細菌も引き寄せるので、どんどん大きくなっていきます。
膜が厚くなり、複雑な構造を持つ集団が完成します。この段階になると、外からの刺激(例えば抗菌剤など)に対する耐性が強くなります。何層にも重なった細菌の集団は、まるで小さな要塞のようになるのです。
成熟したバイオフィルムの一部が剥がれ、別の場所に移動して再び新しいバイオフィルムを形成し始めます。これが繰り返されることで、バイオフィルムは広がっていきます。
医療や環境への影響
バイオフィルムは実は私たちの生活や健康に大きな影響を与えています。
医療分野
バイオフィルムは感染症の原因となることがあります。抗菌剤や私たちの免疫系(体を守る仕組み)に対する耐性が高いため、治療が難しい場合があるのです。例えば、カテーテル(体内に入れる管)や人工関節などの医療機器にバイオフィルムが形成されると、治療が難しい感染症を引き起こすことがあります。
環境分野
水質汚染や配管の詰まりなど、バイオフィルムは環境管理にも影響を与えます。水道管の内側にバイオフィルムが形成されると、水の流れが悪くなったり、水質に影響を与えたりすることがあります。

お口の中のバイオフィルム
では、お口の中にバイオフィルムが溜まるには、どのくらいの時間がかかるのでしょうか?
研究によると、バイオフィルムは非常に短時間で形成され始めます。矯正装置(いわゆる「歯列矯正」の装置)を使った実験では、矯正装置の表面では、装着後24時間以内にバイオフィルムが形成され始めることが確認されています。この研究では、装置につくバイオフィルムが時間とともに増え、48時間後には様々な種類の細菌(ストレプトコッカス・ゴードニイやストレプトコッカス・ミュータンスなど)が観察されたそうです。
別の研究では、バイオフィルムの厚みと細菌の活動が6時間、24時間、48時間の間に調べられました。この研究では、バイオフィルムの形成が6時間以内に始まり、24時間後にはさらに進み、48時間後には成熟した状態に達することが示されています。
つまり、お口の中のバイオフィルムは、わずか1〜2日で形成され始め、2日(48時間)経つと、かなりしっかりとした状態になってしまうのです。これが、口腔ケアを早めに行うことが重要である理由の一つです。

バイオフィルムの除去の難しさ
バイオフィルムは非常に強固で、普段の歯磨きや市販のケア用品を使用しても、ご自分では除去することができません。特に成熟したバイオフィルムは、外側の層が内側の細菌を守る「盾」のような役割をしているため、セルフケアだけでは取り除けないのです。
そのため、効果的な材料を使用した歯科医院でのプロフェッショナル・ケアを、定期的に受けることが推奨されています。歯科医院でのプロフェッショナル・ケアでは、特殊な器具や技術を使って、このバイオフィルムを効果的に除去することができます。

なぜ定期的なケアが必要なの?
研究結果から、少なくとも2日以内には必ずお口の中の清掃が必要ということになります。しかし、お口全体を完璧に掃除することは、実は私たち自身では難しいのです。
私たちは毎日歯磨きをしていますが、どうしても磨き残しが生じてしまいます。特に、歯と歯の間や歯肉の境目など、歯ブラシが届きにくい場所は磨き残しが多くなりがちです。歯の被せ物や入れ歯などがあると、完璧に清掃を行うのは、さらに難しくなります。
自分では取れないほどの厚みのバイオフィルム(成熟したバイオフィルム)になるのは、約3か月程度と言われています。
そのため、定期的に歯科医院でのプロフェッショナル・ケアを受けることをお勧めする期間も、この3か月くらいの間隔になっているのです。臨床的な経験からも、3か月くらいで自分では落としきれない汚れが溜まってくることがわかっています。
歯科医院での定期的なメンテナンス
最近では、2〜3か月に一度のペースで、歯科医院に定期的に「クリーニング=プロフェッショナル・ケア」にいらっしゃる患者さんがほとんどです。私たちの歯科医院でも、実際には歯科衛生士の予約が先までいっぱいで、予約が取りづらくなっています。このことからも、定期的なプロフェッショナル・ケアがいかに大切か、そして多くの方々に理解されているかがわかります。
簡単に言えば、「普段から自分でお口のお掃除をしているけれど、歯ブラシが届かない、または被せ物などで磨ききれないところは、3か月くらいで、バイオフィルムが強固にこびりついてしまう。だから歯科医院に行って、専門家にお掃除を手伝ってもらう」というイメージです。

なぜ定期的なプロフェッショナル・ケアが大切なの?
バイオフィルムをそのままにしておくと、どうなるでしょうか?
バイオフィルムには多くの細菌が含まれているため、時間が経つにつれて歯や歯肉に悪影響を及ぼします。具体的には:
- 虫歯の原因に:
バイオフィルム内の細菌は、糖分を酸に変え、歯のエナメル質を溶かして虫歯を引き起こします。特に、ストレプトコッカス・ミュータンスという細菌は、砂糖を分解して酸を作り出し、歯の表面を溶かしていきます。 - 歯周病のリスク:
バイオフィルムが歯肉の際に溜まると、歯肉炎や歯周病の原因になります。歯周病の進行により、歯を支える骨が徐々に減少し、最終的には歯が抜け落ちることもあります。 - 口臭の発生:
バイオフィルム内の細菌は、口臭の原因となる硫黄化合物など、さまざまな物質を作り出します。特に、舌の奥や歯周ポケット(歯と歯肉の間の溝)に溜まったバイオフィルムは、強い口臭の原因となることがあります。 - 全身の健康への影響:
最近の研究では、口腔内の細菌が血流に入り込み、心臓病や糖尿病、脳卒中などの全身疾患に関連している可能性があることがわかってきています。お口の健康は、全身の健康と密接に関連しているのです。

自宅でのケアと歯科医院でのケアの違い
自宅での日々のセルフケアは、バイオフィルムの初期形成を防ぐために非常に重要です。正しい歯磨き、フロス、マウスウォッシュの使用は、表面的なバイオフィルムを除去するのに役立ちます。
毎日の歯磨きでは、お口の状況にあった歯ブラシと、正しい歯磨き技術を使うことが大切です。歯ブラシの毛先を、歯の表面に対して垂直に当て、小刻みに動かしながら1本ずつ優しく磨くのがポイントです。また、歯間ブラシやフロスを使って、歯と歯の間もしっかり掃除しましょう。
しかし、時間が経つにつれて、一部のバイオフィルムは自宅でのケアだけでは除去できないほど強固になります。特に歯と歯の間や歯肉の下など、歯ブラシやフロスが届きにくい場所では、プロの道具と技術が必要になります。
歯科医院でのプロフェッショナル・ケアでは、専用の器具(超音波スケーラーやキュレットなど)を使って、自宅では取り除けない硬化したバイオフィルムを除去します。これらの器具は、歯の表面に付着した硬い歯石(石灰化したバイオフィルム)も効果的に除去することができます。
また、定期検診では、初期の虫歯や歯周病などの問題を早期に発見し、対処することができます。早期発見・早期治療は、より簡単で費用対効果の高い治療につながります。

定期的なプロフェッショナル・ケアで得られるメリット
- より健康な歯と歯肉:
定期的なプロフェッショナル・ケアは、歯と歯肉の健康を維持するのに役立ちます。バイオフィルムや歯石を定期的に除去することで、歯肉の炎症や出血を減らし、健康な歯肉を保つことができます。 - 虫歯と歯周病の予防:
定期的にバイオフィルムを除去することで、虫歯や歯周病のリスクを減らすことができます。特に、歯ブラシが届きにくい場所のケアは、これらの疾患の予防に非常に効果的です。 - 口臭の改善:
バイオフィルムの除去は、口臭の原因を減らすのに役立ちます。特に、舌の奥や歯周ポケットに溜まったバイオフィルムの除去は、口臭の改善に効果的です。 - 全身の健康への貢献:
お口の健康は全身の健康に関連しています。口腔内の細菌が原因で心臓病や糖尿病などの病気のリスクが高まる可能性があることがわかっています。定期的なプロフェッショナル・ケアは、これらの全身疾患のリスクを減らすのに役立つかもしれません。 - 早期発見のメリット:
定期的な診察で、小さな問題が大きな問題になる前に発見し、対処することができます。初期の虫歯や歯周病は、症状がほとんどなく自分では気づきにくいものです。定期検診では、これらの問題を早期に発見し、より簡単で費用対効果の高い治療を行うことができます。 - 美しい笑顔の維持:
プロフェッショナル・ケアは、軽度の着色(コーヒー、お茶、赤ワインなどによるもの)を除去し、歯の自然な白さを取り戻すのに役立ちます。これにより、より自信を持って笑うことができるでしょう。 - 費用対効果:
定期的な予防ケアは、長期的に見ると大きな治療(根管治療や抜歯など)よりも費用対効果が高いことが多いです。予防は常に最良の策なのです。

定期的なプロフェッショナル・ケアの頻度
一般的に、歯科医院では3か月ごとの定期的なプロフェッショナル・ケアをお勧めしています。しかし、この頻度は個人の口腔状態や特定のリスク要因によって変わる場合があります。
例えば、以下のような方は、より頻繁な通院が必要かもしれません:
- 歯周病を患っている方
- 糖尿病などの特定の全身疾患がある方
- 喫煙者
- 歯並びが悪く、セルフケアが難しい方
- 唾液の分泌量が少ない方
- 過去に多くの虫歯や歯周病の治療を受けた方
私たちの歯科医院では、一人ひとりの口腔状態やライフスタイルに合わせた最適な通院間隔を提案しています。担当の歯科衛生士に、お気軽にご相談ください。

最後に
バイオフィルムは自然の現象ですが、適切なケアを怠ると健康上の問題を引き起こす可能性があります。日々の丁寧なセルフケアと定期的な歯科医院でのプロフェッショナル・ケアを組み合わせることで、お口の健康を維持することができます。
「予防は治療に勝る」という言葉があるように、問題が大きくなる前に定期的なケアを受けることが、長期的にはお口の健康を守る最善の方法です。
私たちの歯科医院では、一人ひとりに合ったケアプランを提案し、患者さんのお口の健康をサポートしています。不安なことや質問があれば、いつでもお気軽にご相談ください。
適切なケアで、いつまでも健康で美しい歯を保ちましょう。みなさんの笑顔が長く続くように、私たちは全力でサポートいたします!
参考文献
[1] The Microflora Diversity and Profiles in Dental Plaque Biofilms on Brackets and Tooth Surfaces of Orthodontic Patients. Journal of Indian Orthodontic Society. 2019-06-27.[2] Anti-microbial efficiency of gaseous ozone’s combined use with fluoride and chlorhexidine

【監修】
歯科医師 濱 克弥
・医療法人社団峰瑛会 理事長
・インプラント治療担当
・インビザライン診断担当
・マレーシア・サクラデンタルクリニック・医療アドバイザー
